PeakAvenue社 ユーザーカンファレンス 2025@ドイツに参加しました

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PeakAvenue社 ユーザーカンファレンス 2025

日 程 : 2025年9月23日(火)- 24日(水)
場 所 : ドイツ Hamburg(ハンブルク港湾地区)
参加国 : ドイツ、トルコ、スペイン、アイルランド、イギリス、ポーランド、オランダ、スロベニア、
    デンマーク、イタリア、オーストリア、インド、中国、韓国、日本
参加者 : 130名

今年も次世代型品質マネジメントシステムソフトウェアe1ns(アインス)などを販売、コンサルティングを実施しているドイツPeakAvenue社のユーザーカンファレンスに参加しましたので、ご報告します。

羽田からヘルシンキを経由し、約17時間を経てハンブルク空港へ。空港からハンブルクの中心地までは電車で30分ほど。昨年とは打って変わってスムーズな鉄道移動で、歴史的なレンガ造りの倉庫が立ち並ぶ美しい港湾地区に到着しました。会場は、その景観に溶け込むように佇む旧港湾局の建物をリノベーションした、趣のある空間です。

ホテルの受付や街中のカフェで、耳慣れない挨拶を何度も耳にしました。それが「Moin !(モイン!)」です。初めは「Guten Morgen(おはよう)」のくだけた表現かと思っていましたが、昼でも、夕方でも、誰もがにこやかに「Moin !」と挨拶を交わしているのです。PeakAvenue社のパートナーに教えてもらったところによると、これはハンブルク周辺の北ドイツ特有の挨拶で、「良い一日を」といったニュアンスを持ち、一日中いつでも使える万能な言葉なのだそうです。現地の言葉に触れ、「Moin !」と挨拶するだけで、その土地との距離がぐっと縮まるような気がしました。

カンファレンスには、欧州各国を中心に15か国130名程度の参加者が集まりました。セッションの合間に30分の休憩時間があるにも関わらず、参加者同士の活発な議論で常に足りなくなる「ヨーロッパスタイル」の熱気は、今年も健在でした。初日の夜には、世界最大級のジオラマ「ミニチュアワンダーランド」の施設で懇親会が開かれ、精巧な模型を前に会話が弾みました。

以下、2日間のカンファレンスで見えてきた、欧州における品質マネジメントの最新潮流と、それを象徴するユーザー事例をご紹介します。昨年よりも盛りだくさんの内容です。

ハンブルクの港湾地区。
向かって左側の建物、1階にあるガラス張りの部屋が会場。
旧港湾局の歴史的な建物。
伝統と革新が共存するハンブルクの街並みが、
カンファレンスのテーマとも重なります。
カンファレンスルームの両側はガラス張り。
この時期のハンブルクは日本でいえば11月下旬くらい。
外の風が冷たく感じるときもありましたが、
晴天のおかげで気持ちの良い滞在となりました。

潮流 – FMEAは「第2章」へ

昨年のカンファレンスでは、「2019年のAIAG-VDA FMEA改訂を機に、多くの企業がExcel依存から脱却し、専用ツールへの移行を本格化させた」という潮流を感じました。

そして今年のカンファレンスでは、明確に次のステージへと駒を進めていました。もはやツールの導入は当たり前。議論の焦点は、「FMEAをいかにして企業の『生きた知識ベース』へと昇華させるか」という、より本質的なテーマに移っていました。そのキーワードは「接続」「AI」「知的資産」です。昨年感じた先進企業との「差」は、残念ながらさらに広がっている、そのような印象を受けました。

分断からの脱却 – 「接続」される品質情報と各社の工夫

今年のテーマの一つは、部門やシステムごとにサイロ化(外部と情報共有できない状態)された品質情報をいかに「接続」するか、でした。

これを最初に提示したのが、PeakAvenue社のCEO、Ulrich Mangold氏の基調講演です。彼は、要件管理ツールの企業を買収したことを発表し、これによって開発の最上流から品質管理までを繋ぐ「デジタルスレッド」が完成したと述べました。そして、同社のクラウドプラットフォームが目指すのは、分断されたプロセスを「接続」し、AIが活用できる一つの巨大な「データレイク」を創出することであると、その壮大なビジョンを語りました。

このビジョンを見事に実装していたのが、化学素材メーカーのHenkel社です。同社は、FMEAを「専門家が操縦する航空機のコックピット」、経営層を「空港全体を管理する管制塔」に例え、両者の間にある情報の断絶を問題視。そこで、FMEAツールのデータを、開発プロセス管理データ、SAPのマスターデータ、そして市場クレームデータという4つの情報源と統合し、Power BIで可視化するダッシュボードを構築しました。

「製品ローンチ日に対し、高リスク対策は完了しているか?」「ローンチ後6ヶ月以内に市場クレームは発生したか?」といった重要指標が「信号機」のように表示され、経営層が一目で状況を把握できるようになったのです。これは、FMEAが単なる現場の「コックピット」から、経営判断に直結する「管制塔」へと進化した見事な事例でした。Henkel社では社内向けに、TVコマーシャルのようなFMEAの紹介動画を作成していることからしても、その本気度を伺い知ることができました。

精密メッシュ専門メーカーのSefar社は、基幹システムであるERP(LN Infor)を「入り口」として、そこから品質マネジメントシステム(PeakAvenue社のQuality Center)へデータを連携させる仕組みを発表。ユーザーが二重入力をすることなく、顧客からの苦情情報をグローバルで一元管理するプロセスを構築し、データに基づいた継続的改善を実施しており、これもまた「接続」を具現化した事例でした。

講演者曰く、成功の鍵は「画一的な従業員のトレーニングではなく、拠点ごとに最適化された丁寧な導入支援であった。各拠点(南アフリカ、タイ、メキシコなど)と個別にTeamsで打ち合わせを行い、現地のニーズに合わせた設定調整やトレーニングを実施。また、全ての操作について短い解説ビデオを作成し、ユーザーがいつでも手順を確認できるようにした。これにより、多様なバックグラウンドを持つユーザーからの支持を得ることに成功した」とのこと。

夕食会が開催されたミニチュアワンダーランド。
世界中の精巧な模型が、国籍を超えた参加者たちの
会話のきっかけに。

「生きている」知識ベースへ

ツールを導入しても、その中身が陳腐化しては意味がありません。「知識(ナレッジ)をいかにして陳腐化させず、生きた状態に保つか」という課題に対し、各社がそれぞれの答えを示しました。

自動車内装メーカーのEissmann社は、22年間の試行錯誤の歴史を語りました。かつて製造工程全体を一つの巨大なFMEAで管理しようとして失敗した経験から、彼らは各工程を再利用可能な「モジュール」として標準化。FMEAの各要素の名称には、「[作業内容]_[対象物] – [部品名]_[主組立部品名]_[工程名]」といった「文法」を導入し、過去の知見を詰め込んだテンプレートをブロックのように組み合わせるだけで、迅速かつ高精度にFMEAが作成できる仕組みを構築しました。

特に、製品の重要度(エアバッグカバーか、ただの内装部品か)を選択するだけで、故障の連鎖を辿って、末端の故障原因まで自動的に伝搬し、リスクの高い項目(RPN:リスク優先度)を瞬時に特定する仕組みは圧巻でした。これらの仕組みは、野中郁次郎氏が提唱した「暗黙知を形式知に変え、組織的にそれを共有・管理し、組み合わせることで新しい知識を生み出す」という考え方と似たものを感じます。

産業用アクチュエータメーカーのAUMA社は、市場からのフィードバックで知識(ナレッジ)を更新し続ける仕組みを構築。FMEAから作成した「故障カタログ」をサービス部門が使用し、もしカタログにない故障が発生すれば、それは「FMEAの不備」として即座に開発部門にフィードバックされています。これにより、FMEAは現実の事象を反映して常に成長し続ける、「生きた知識ベース」となっていました。

講演者の「当初、開発部門が論理的だと考えた故障リストを提示したところ、サービス技術者から『これでは現場で使えない』と厳しいフィードバックを受けた。現場が本当に必要とする情報の粒度や表現を理解し、反映させるプロセスが不可欠であった」と真摯に話す姿が印象的でした。

この「知識ベース」の一つの完成形を示したのが、タイヤメーカーのPirelli社です。同社を担当したイタリア人のコンサルタントは、タイヤを「ラザニア」に例え、その複雑な構造とプロセス、そして膨大な製品バリエーションを管理するため、10年以上かけてFMEAを中核とした巨大な知識ネットワークを構築。原材料の天然ゴムから最終製品のタイヤまで、サプライチェーン全体を階層的にモデル化し、「機械、化学、電子など異なる専門性」を持つエンジニア間の「共通言語」として機能させていました。

今後の展開として、「現状でも、異なるビジネスユニット間(例:四輪車と二輪車)での用語の標準化や、アクセス権の管理など、多くの課題が残っている。特に、この巨大な知識ツリーから必要な情報を効率的に抽出するための、より高度なツール(AIなど)の必要性を感じている」と熱く語っていました。

休憩中の一コマ。
会場の中でも、会場の外でも
今年も参加者同士の情報交換が活発でした。

AIとリスクマネジメントの未来

カンファレンスの随所で語られたのが、AIの活用です。初日の最後に行われたパネルディスカッションでは、その可能性と課題について議論が交わされました。

「AIはエンジニアの仕事を奪うか?」という問いに対し、Henkel社の担当者が語った「エンジニアはAIに代替されない。しかし、AIを使うエンジニアが、AIを使わないエンジニアを代替する」という言葉が、会場の総意を代弁していました。

BOSCH社は、AIを使って膨大な仕様書や報告書を瞬時に要約・分析する活用事例を紹介。現在では、さらに一歩進め、特定のタスクを実行する「AIエージェント」の構築に着手しており、例えば「この仕様書に基づいてサプライヤーへの見積依頼を作成して」と指示するだけで、AIが必要な情報をシステムから収集し、依頼書を自動で作成するようになるとのこと。

また、医療機器メーカーのB. Braun社は、2年の開発期間と30年の量産期間という特異な環境下でのリスクマネジメントの難しさを語りました。「オレンジの網(※)」事件をきっかけに厳格化した規制や、「病院内の医療」から「在宅医療への普及」といった市場の変化に対応するには、個々の企業の努力だけでは限界があり、業界を横断したデータ共有と、そこから知見を導き出すAIの活用が不可欠であると訴えました。この問題提起は、品質マネジメントが直面する課題の深さと、それを乗り越えようとする強い意志を感じさせるものでした。

(※)「オレンジの網」:とあるTV番組の記者がおとり調査のような形で、スーパーで売られているマンダリンオレンジが入っている赤い網袋を「骨盤臓器脱(ヘルニアの一種)の治療に用いる外科用メッシュ」と称して、偽の技術文書を付けて欧州の認証機関に提出し、医療機器としてのCEマーク認証を申請したところ、承認を得てしまった事件。

「AIによる意思決定は後から追跡できない」という誰もが抱く懸念に対し、BOSCH社のパネリストが話していたことが最も印象に残っています。曰く、「では、人間が5年前に下した決断の理由は、今正確に説明できるのか?」と逆に質問を投げかけ、「我々は、人間が下した決断だからという理由だけで、そこに過剰な信頼を置いているに過ぎない」とし、AIのトレーサビリティの問題は過大評価されている可能性があると指摘していました。

このパネルディスカッションにて、「AIはもはや未来の夢物語ではなく、各社の現場で具体的な価値を生み出し始めている」という状況を理解しました。データの品質や透明性といった課題は残るものの、それを乗り越えた先にある生産性の飛躍的向上についてはパネリスト全員が確信しており、AIは単なるツールの導入に留まらず、仕事の進め方、組織のあり方、そして人間の役割そのものを問い直すことが示唆されたセッションでした。

St. Michaeliskircheの塔の上から見えるハンブルクの景色。
どこまでも広がる美しい街並みや港が印象的で、
人々もとても親切。ぜひまた再訪したい街となりました。

5年後、10年後に向けて

昨年のテーマが「脱Excel」であったとすれば、今年のテーマは「脱サイロ」でした。欧州の先進企業は、FMEAツールを導入した上で、そこで得られるデータをERPやPLMといった他システムと「接続」し、「AI」を活用することで、品質情報を単なる記録から、競争力を生み出す「知的資産」へと転換させようとしています。

この潮流は、私たち日本の製造業にとっても決して他人事ではありません。FMEAという一つのツールを導入するだけでなく、それを企業全体の情報システムの中でどう位置づけ、いかにして「生きた知識のネットワーク」を構築していくか。5年後、10年後を見据えた、より大きな視点での構想が求められているのだと思います。

今回の事例を含め、品質マネジメントシステムのDX化にご興味のある方は、ぜひ弊社までお問い合わせください。

旧港湾局近くで地ビールを提供しているレストランにて。
ビールは複雑な野性味があって美味しかったです。
お互いの挨拶はもちろん「Moin!」

フィンランドの妖精と品質マネジメント

ハンブルクの往復では、フィンランドのヘルシンキ空港を経由しました。フィンランドと言えば、作家トーベ・ヤンソンが書いたムーミンのお話が有名ですよね。

乗り換えの合間に、そのムーミンのお店に入ってみると、キャラクター達の可愛らしい靴下や洋服、メモ帳やカレンダーなどの文房具が所狭しと陳列されていました。お客さんの半分近くは老若男女問わず日本の方々で、紙袋いっぱいにお土産を購入している方も見かけました。やはり日本の方には人気ですね。ドイツのハンブルク空港でもムーミングッズが置いてあるお店があったので、ヨーロッパでも人気のキャラクターなのかもしれません。

一見するとシンプルで可愛らしいキャラクター達が、その物語に深い哲学を秘めているように、今回のカンファレンスで見聞きした高度な品質マネジメントシステムもまた、「複雑な現実をいかにシンプルに、そして誰もが理解できる形で見せるか」という挑戦の連続でした。

技術的な知見はもちろん、こうした旅先での心和むひとときも含めて、今回の出張も非常に実り豊かな時間となりました。この充実感を、今度はお客様への価値としてお届けできるよう、私たちも努力してまいります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Moin !

ヘルシンキ・ヴァンター空港の
セキュリティゲート内にあるショップ。
朝6時(!)から開店していました。


[S. Y]

構造計画研究所は、設計・製造の情報連携を基盤とした品質のデジタルアセット形成、統計的品質管理をトータルに、最適なソフトウェア・ツールとともにご支援することで、IATF16949 などで要求されるグローバル基準の不具合未然防止と継続的改善を目指すお客様をサポートしております。